消費税について(附加価値税、転嫁)

先日とある団体の会員向けにインボイス勉強会の講師をつとめた。

会員のほとんどが高齢の方々だったので、難しい言葉は避け、できるだけ普段の言葉で説明するように心がけた。また免税業者が多いため、まず消費税制度の基本から説明し、その後にインボイス制度の概要を説明した。自分自身講師としての経験はそれほど豊富ではないので不安だったが、勉強会が終わり、わかりやすかったという声をたくさんいただき、とりあえず安心した。

 

・消費税は『預り金』なのか?

 

資料を作るにあたって、改めて消費税について考えていた。

とくに消費税と『預り金』の関係についてどのように表現するか悩んでいた。

先日ホリエモンインボイスの反対署名に対して「これまで消費税を『着服』してたくせによー言うわ。ちゃんと払えや」*1というニュースが拡散していた。このような典型的な免税業者バッシングに対する自分なりのアンサーを用意しておきたいと思ったからでもある。

 

消費税は法律上*2は『預り金』ではないことは疑う余地がなく、判決もそれを裏付けているし、国会でも『預り金』ではないと答弁されている。消費税は『預り金』ではないから『益税』は生じない。法律上も消費税は商品価格の一部を構成しているにすぎない。だからホリエモンに『着服』なんて言われる筋合いはない。法律というものを軸に反論するならこれでよいかもしれない。

 

とはいえ、間接的に消費者が負担しているのもまた事実ではある。そのために価格への転嫁に関する対策も一応はなされている。事業者の負担は『仕入税額控除』という税の累積を排除する仕組みを通じて『事業者の負担』が生じないように設計されている。タテマエとしてはやはり消費者が対価に上乗せして消費税を支払って事業者を通じて国に納められる間接税である。

 

要するに消費税は法律上の『預り金』ではないが、経済的な実態は『預り金的性格』を有するものということになる。価格競争力に劣り、消費税を価格に転嫁できない業者は『着服ではない』と考えるし、一般消費者やサラリーマンからみたら自分たちが払っている消費税がきちんと納税されておらず、『着服』に見える。お互いの視点の違いがインボイス制度の導入にあたり分断を生んでいる。

 

そしてこの『預り金的性格』はインボイス制度が導入されることにより、より強固かつ決定的なものとなる。レシートや請求書に消費税率と消費税額が明記されることで、インボイスの登録番号がついている業者だけが消費税を『預かった』ということができる。つまり『預かった』、『預かっていない』という論争はインボイス制度により終結する。そして今までのように免税業者が税込みと称して消費税を受け取ることは現実として厳しいものとなる*3。結果として免税業者が『着服』といわれることもなくなるだろう。

 

ただしインボイスの導入によって変わるのは『仕入税額控除』の書類の保存要件が変わるだけにすぎない。インボイス導入後も消費税の法的性格が決して『預り金』に変わるわけではない。消費税額の『見える化』により『預り金的性格』がより強固になるのである。

 

・消費税の学問的な分類『附加価値税』

 

この『預り金』、『預り金的性格』というものをもう少し視野を広げて考えてみたい。ここでは手元にある金子宏の『租税法』を参考にする。金子宏の『租税法』はおそらく租税法で一番読まれている体系書・基本書であろう。考察のベースにするにはピッタリだ。

 

金子によると日本の消費税は学問上『多段階一般消費税』という大きなカテゴリの中で「附加価値税」方式を採用しており、その計算は『帳簿方式』と呼ばれるものを用いている。そしてインボイスの導入により計算方式が『帳簿方式』から『インボイス』方式へ変更となる。

 

この『附加価値税』方式と『インボイス』方式の組み合わせは、EUをはじめとする多くの国々で採用されており、事実上国際的な消費税のスタンダードとなっている。この税金は海外ではVAT(Value Added TAXの略)と呼ばれている。直訳すると『附加価値税』である。日本のように『消費税』という表現を用いていない。この『附加価値税』方式とはどのようなものか、金子は次のように書いている。

 

・附加価値税
各取引段階の附加価値を課税標準として課される一般消費税である。附加価値というのは、原材料の製造から製品の小売までの各段階において事業が国民経済に新たに附加した価値のことであり、生産国民所得の観点からは、事業の総売上金額から、その事業が他の事業から購入した土地・建物・機械・原材料・動力等に対する支出を控除した金額であり(控除法)、分配国民所得の観点からは、賃金・地代・利子および企業利潤を合計した金額である(加算法)。

 

(~途中略~)

 

ただし、フランスをはじめとするEU加盟各国において、税額算定の仕組として実際に採用されているのは、上記の控除法または加算法ではなく、「仕入税額控除法」または「前段階税額控除法」と呼ばれる方法、すなわち課税期間内の総売上金額に税率を適用して得られた金額から、同一課税期間内の仕入に含まれていた前段階の税額を控除することによって、税額を算出する方法である。附加価値税を採用している他の国々も、一般にこの方法を用いている。いうまでもなく、この方法によって算出される税額は、控除法または加算法によって算出される税額に等しい。*4

 

要約すると、附加価値税は附加価値をベースに税金をかけるもので、その計算には3つのパターンがあり、計算結果はどれも同じ税額になると書いている。上記文章を計算式におきかえると次のようになる。

 

(1)控除法:総売上-(土地・建物・機械設備・原材料・動力等)
(2)加算法:企業利潤+賃金+地代+利子
(3)仕入税額控除法:(総売上*税率)-仕入に含まれていた税額

 ※附加価値税=(1)=(2)=(3)

 

附加価値税というひとつの税金を(3)の『仕入税額控除法』から注目して眺めると、『預り金的性格』、『消費者に対して課される税』としての側面が強調されて見える。名称を日本のように『消費税』とすれば、なおさらである。(1)の『控除法』や(2)の『加算法』から注目して眺めると『利益(=附加価値)に対する税』という側面が強調されて見える。どちらも元をたどれば同じ『附加価値』に課税しており、式を変形させただけにすぎない*5。多くの人を惑わす原因はここにある。

 

ただし、式の変形だけで済まされないものが税の転嫁である。(1)の『控除法』及び(2)の『加算法』はダイレクトに企業の附加価値に課税するため、価格への税の転嫁が問題となる。日本では1950年にシャウプ勧告により加算型の附加価値税が検討された。これは企業の利益に対する課税であり、消費者への税の転嫁を予定していないものであった。(3)の『仕入税額控除法』は消費者への税の転嫁が前提となる。つまり同じ附加価値税であっても、前者は企業への税。後者は消費者への税となる。前者の場合でも最終的に価格に反映されて消費者が負担することは当然に考えられる。しかし後者の場合は一斉に価格の上昇をもたらし、消費者に対する増税であることが鮮明になる。

 

・消費税の転嫁について

 

ここからが本題。

 

消費税は『附加価値税』であり、消費者への負担を前提として設計されている。ただし消費者への負担を前提としているだけで、その消費税の負担を商品の価格に転嫁できなければ、一転して企業に対する税になってしまうのである。先ほど見た計算式の通りだ。消費税は消費者が負担する税か事業者が負担する税かは、じつに紙一重の差なのである。そしてそれはインボイスを導入したからといってスッキリと解決する問題ではない。インボイスという紙の上では「消費税」が記載されることになるが、転嫁されているかどうかは別の問題である。

 

インボイス先進国のヨーロッパでは転嫁問題はどのように認識されているのだろうか。調べてみると古くからインボイスを導入しているフランスやイギリスでは消費税率が上がった分を一律に引き上げているのではなく、商品の特徴に応じて価格の上げ幅を変え、売上全体で税率引き上げに伴う負担の増加をカバーする方法を採用しているそうだ。*6

 

イギリスでは2010、2011の両年とも1月に消費税率が2.5%ずつ上がりました。その直前の秋からはクリスマス商戦が始まります。クリスマス商戦は需要が強いですから、価格を少しぐらい上げても売れます。そうして価格を消費税の引き上げ期日と連動させずに、需要の高いときに価格を上げて、マージンを確保しようとしたのです。

 

クリスマス商戦後には需要が落ち込みますので、この状況の下では、消費税率が引き上げられているのに価格を下げて販売数量を確保していきます。

 

(~途中略~)

 

事業者にとってはマージンを確保することが最大の目的であり、商品ごとに転嫁することが目的ではありません。消費増税にもかかわらず自分のマージンが確保できればいいわけで、転嫁すること自体が重要というわけではありません。*7

 

商品価格に増税分をいっせいに転嫁するのではなく、需要と供給を見極め自社のマージンを最大化するための値付けを行っている。これはまさにVATが『附加価値』に対する税ということを理解したうえでの企業行動だといえる。

 

・日本の『価格』事情

 

資本主義経済では価格の決定は企業の自由である。『値決めは経営である』*8という名言もあるぐらいだ。消費税が上がろうが誰も値決めに口出しすることはできない。利幅を少なくして多く売るのか、それとも少量であっても利幅を多く取るのか経営者は絶えず判断を迫られる。今のように物価上昇が続くなかで値決めを間違えれば廃業に至ることもあるだろう。

 

日本は世界からみて異常なほど、値上げが困難な市場である。

少し前になるが全農の意見広告がいっせいに大手新聞に掲載された。

そこには次のように書かれていた。

 

SDGsの時代に、
日本の農畜産物が持続可能な価格で
売られていないのはなぜだろう。

 

安さは正義だ。
そんな風潮の中、なんとか頑張ってきた日本の農畜産業。
もう限界です。
どうか、高騰し続ける生産コストに見合う
持続可能な価格を認めてください。
それが食の安全・安心を守ることにつながり、
日本の農家と消費者、そして食の流通に関わるすべての人の
未来を守ることにつながると信じています。
これからも持続可能な農業経営ができるよう、
ぜひ、この問題を一緒に考えてください。*9

 

値上げをするために新聞に意見広告をだし、消費者に対し『持続可能な価格を認めてください』と、ここまで『懇願』せねばならない状況なのである。

 

繰り返しになるが消費税は値上げの難しい日本で、値上げをしなければそのまま業者の負担になってしまう税である。価格の競争力がなければ淘汰されることにもなるだろう。

 

インボイス導入後も『附加価値税』という消費税の本質は何も変わらない。

 

 

*1:ホリエモン、インボイス巡る「消費税『着服』してたくせに」発言波紋も... DaiGoは批判を疑問視「コントロールしやすい国民に成り下がったものだ日本人は」(J-CASTニュース) - Yahoo!ニュース

*2:消費税法

*3:とはいえ価格の一部なのだから、受け取っても問題はない。

*4:金子宏『租税法第二十版』p679

*5:ちなみに現政府税制調査会会長の中里実も著書の『租税史回廊』で「日本では通常間接税として理解されている附加価値税が、実は、企業が生み出した附加価値に対して課税される企業課税であるという点において、法人所得税と極めて類似しているということに関する正確な理解が重要である。」(p56)と書いている。残念なことに政府税調ではそのような『企業課税』という視点はまったく見られない。

*6:消費税率変更の影響はなぜ日本で大きくなるのか~欧州諸国との比較(上)〈政策データウォッチ (8)〉 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

*7:RIETI - 消費増税前後の経済変動はなぜ生じるのか

*8:稲盛和夫

*9:新聞広告 国産農畜産物の消費拡大 | JA全農