インボイス増税と内部留保積み上げ

ローカルな資本論のコミュニティ誌から寄稿の依頼がありました。

当初はインボイス制度についての解説だったものが、なぜか内部留保についても言及してほしいという無茶ぶりを受け、専門外ながら加筆したものです。

備忘としてブログにも掲載しておきます。

 

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10月1日からインボイス制度が開始されました。この制度は零細企業や個人事業主に対する実質的な増税です。制度導入による増税額は1兆円と試算されています*1。今までは売上高1000万以下の零細企業は免税事業者と呼ばれ消費税を納める必要はありませんでした。インボイス制度が導入された今、免税事業者はインボイスを登録し、消費税を納める事業者にならないと、取引から排除されたり、値下げを求められたりするおそれがあります。実際に東京商工リサーチが行ったアンケートでは、インボイス制度開始後に「免税業者と取引しない」と答えた企業は9.2%となっています。*2

 

現在多くの中小零細企業は物価高のなか、物価高騰分を価格に上乗せすることができず、苦境に立たされています。消費税もそれと同じで、商品の値上げという命がけの綱渡りに成功しなければ利益を削って納めなければなりません。いままで免税事業者であった零細企業、個人事業主は、物価高とインボイス増税のダブルパンチをうけ、まさに死活問題です。

 

インボイス制度の導入は、消費者が払った消費税を免税事業者が「ネコババ」しているという「益税論」を前提として、その解消を目的としています。この「益税論」は消費税を「消費者が負担する税」という認識から出発しています。法律では消費税は事業者が納めることになっており、その計算は「売り上げの消費税―仕入れの消費税=納める消費税」と定められています。事業者が製品を売ったときに含まれる消費税から商品の仕入れなどの支払いに含まれている消費税を差し引くことで、納める消費税を求めます。「消費者が負担する税」という認識はこの算式から読み取れます。

 

この算式は「(売り上げ-仕入れ)*消費税率=納める消費税」と変換することもできます。この式では売上から仕入れを引いた利益に対して税率をかけて納める税額を求めます。事業の利益に対する税なので「直接税」としての性格を有します。2つの算式のどちらも同じ計算結果になり、納める消費税額も同じです。算式を変えるだけで「間接税」にも「直接税」にもなります。多くの人を惑わす原因がここにあります。

 

 消費税は外国では付加価値税と呼ばれており、その成り立ちは付加価値(利益)に対する課税という認識から始まっています。インボイス制度を推進している政府税制調査会会長(中里実)でさえ、その著書に「日本で通常は間接税として理解されている附加価値税が、実は、企業が生み出した附加価値に対して課される企業課税であるという点において、法人所得税と極めて類似しているということに関する正確な理解が重要である。」*3と書いています。付加価値(利益)に対する税というのが消費税の本質です。この立場から消費税を見れば「益税」という考え方は成り立ちません。

 

 付加価値に対する税とは何か、もう少し解像度を上げて説明したいと思います。消費税の計算には、先ほどみた2つの算式以外の考え方があります。それは「(企業利益+人件費+土地代+支払利息)*消費税率」=納める消費税額」というものです。この式は戦後GHQ統治下の日本でシャウプ税制使節団により新たな事業税として勧告されたものです*4。実はこの算式が現在世界中で採用されているEU付加価値税の導入に影響を与えたと言われています。この式からはおおざっぱにみて「利益と人件費」に課す税ということがわかります。戦後日本の産業促進には工場や機械などへの設備投資が急務でした。シャウプ博士はそれらの設備投資に課税しない方法を模索していたのです。この新たな税は「利益と人件費」を付加価値として課税する一方で「設備投資」は付加価値ではないので課税しません。つまり付加価値税を導入するための発想の根幹は産業資本の優遇だったのです*5。また大企業は賃金を上げようとせず、消費税の計算では人件費としてカウントされない派遣やフリーランスへの置き換えを絶えず行っています。この企業行動も消費税が「人件費」に課されるため、それを回避するための行動とみることができます。

 

消費税を「利益と人件費に課される税」と説明すると大企業でも零細企業でも同じに見えるかもしれません。しかし価格の競争力は零細企業が圧倒的に弱い立場です。大企業は自分の利益を確保するために消費者や取引先に価格の見直しを迫ります。取引の下流に行けば行くほど価格の決定権が弱まります。消費税率が上がっても、その分の値上げができなければ利益を削って納めることになります。

 

マルクス資本論で「G(貨幣資本)-W(商品資本)…P(生産過程)…W‘(商品資本)-G’(貨幣資本)」という資本の循環式で、資本の増殖過程を分析しています(商品資本Wは労働力Aと生産手段Pmに分かれます)。この循環式に現在の税制をあてはめてみると、税金がいかに資本のために使われているかよくわかります。労働力Aに対しては雇用促進減税や教育訓練費減税、生産手段Pmに対しては投資促進減税、生産過程Pでは研究開発費減税という具合です。貨幣資本G‘に変わる場面では法人税率を絶えず引き下げてきました。法人税率を下げた減収分は消費税の増税分がその穴埋めに充てられています。先日発表された経団連の税制提言*6では少子化対策や軍事費の財源については、消費税増税所得税増税という大衆課税を求め、またもや企業負担を逃れようとしています。

 

資本増殖の妨げになるあらゆる負担は徹底的に回避し、さらなる資本増殖のために減税や規制緩和を求める。マルクスが「資本の魂」と名付けたとおりの現実です。その結果が大きくふくれあがった510兆円という巨額の内部留保であり「失われた30年」という経済の停滞です。税をさらなる資本増殖のために使うのではなく、暮らしのために使う。インボイス制度の廃止、消費税の減税、大企業に対する相応の税負担。これらがいま求められています。

 

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*1:岸田政権また増税…10月に「インボイス制度」導入で1兆円徴収、国民には大ダメージ|日刊ゲンダイDIGITAL

*2:インボイス、非登録業者と「取引しない」1割 民間調べ - 日本経済新聞

*3:中里実「租税史回廊」p56

*4:シャウプ使節団日本税制報告書 第13章

*5:シャウプ勧告13章Aにある「純所得を課税標準とする事業税と比較して、付加価値税は、資本なかんずく労働節約的機械の形における資本の使用に対して不利な差別待遇をしないという、経済的利点をもっている。(途中略)日本では現在工場および設備の近代化が急務の一つであるから、このことは重大な点である。」という記述。またそれに続く文で設備投資による「附加価値」のマイナスを原因とする翌課税期間の繰越控除まで考慮していることなどから産業資本優遇の思想が読み取れる。

*6:経団連:令和6年度税制改正に関する提言 (2023-09-12)