読書:加藤陽子「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」

本書は中高生に行った講義をベースにしている。中高生向けの講義だから、とっつきやすいだろうと思い手に取ってみたが、なかなか難しい。中高生向けでも、歴史の苦手な子を対象にしているのではなく、歴史の好きな中高生向けの内容で、ついていけない授業を受けているような気分でした。

 

本書の読みどころは、などさまざまな角度から歴史という「学問」の魅力を読者に伝えているところだと思う。

 

暗記科目的なイメージの歴史を、「なぜそれが起こったのか」、「なぜ防げなかったのか」という様々な「問い」にフォーカスしている。過去の歴史家が実際の「問い」にどう取り組み、どのような「解」を提示したのかを時代情勢と共に検討している。またそれら個別の特殊事例の歴史から普遍性をもった歴史法則はないか、という視点にふれることによって、暗記科目ではなく「学問」としての歴史の魅力を伝えている。

 

なかでもルソーからの引用は、ウクライナ戦争が起こっているタイミングということもあり非常に興味深かった*1

 

「戦争は国家と国家の関係において、主権や社会契約に対する攻撃、つまり、敵対する国家の、憲法に対する攻撃、というかたちをとる」*2

 

この引用が意味することは、戦争の最終的な目的は相手国の占領や、相手国の兵を自らの軍に編入するという次元の問題ではなく、相手国が最も大切だと思っている社会の基本秩序(これを広い意味で憲法と呼んでいる)に変容を迫るものだということだそうだ。

 

ウクライナ戦争にあてはめると、プーチンは首都キエフの占領だけではなく、ゼレンスキー政権の退場を求めている。これはウクライナの基本秩序に対する攻撃といえるかもしれない。もう少し広い視点でとらえると民主主義か独裁主義かの世界秩序をめぐる戦いともいえる。社会の基本秩序への攻撃というルソーの戦争観は今なお普遍性を持っているように思える。これが世界大戦前の18世紀に書かれたというのだから驚くしかない。

 

その他にパリ講和会議へ参加した際のケインズの話が興味深かった。経済学者で知られる、ケインズパリ講和会議に参加し、アメリカのドイツに対する賠償要求に痛烈な批判を加え、ベルサイユ講和条約の調印を待たずに、帰国したという逸話を紹介している(のちに「講和の経済的帰結」として出版された)。パリ講和会議という歴史的瞬間とケインズが学問の垣根を越えて自分の中で結びつき、とても刺激的だった*3

 

本書の続編っぽい本もあったので、また機会があれば読んでみたい。

 

 

 

*1:このようなタイミングでこの本と出会ったことに読書の面白さを感じる。

*2:「戦争及び戦争状態論」

*3:もちろん大恐慌以後ケインズは大活躍するが、経済学のテーマとして語られる話だ。